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米原市・合併の変遷

米原市は合併して合併して今の形がある、ということは知っていたけど細かいところまでは把握していなかった。

ケアセンターで順番待ちしているときに、伊吹町史が置いてあったのでそれを眺めていたら、地元の集落がかつては「村」だったことは知っていた。その後どうなったのか、急に興味を持ってしまったのでまとめておこう。

「地元意識」というのが希薄な都会で生まれ育ったので、地域の成り立ちとかほとんど知ることはなかったけど、こうして合併の歴史をたどってみると「おらが村」という発想がこうやって出来上がっていたんだなぁ、と興味深く思った。

まずは自分の集落、そして明治の頃の小さな町村単位、そして戦後の合併と平成の合併と繰り返す毎に、自分の生まれ育った地域の単位とその感覚が拡大していきつつ、ベースとして流れているのは古くからのものも残っている。

いまの老人だけがこだわっている、というのはちょっと違うかな。だって今80歳を越えた老人も、ほんの30年前はバリバリ現役だったわけで、その頃のおじいさん・おばあさんの感覚なら自分もわからなくはないけど、今のおじいさん・おばあさんはその世代ではないもん。だから古い世代、という括りだけでは考えられないと思う。


【旧伊吹町エリア】
◆1889年(明治22年)4月1日(122年前)
坂田郡 村木村・杉沢村・高番村・大清水村・藤川村・春照村・上平寺村 ⇒ 坂田郡 春照村[A1]
坂田郡 弥高村・上野村・伊吹村・大平寺村・小泉村・大久保村 ⇒ 坂田郡 伊吹村[A2]
東浅井郡 甲津原村・曲谷村・甲賀村・吉槻村・上板並村・下板並村 ⇒ 東浅井郡 東草野村[A3]

◆1956年(昭和31年)9月1日(55年前)
坂田郡 春照村[A1]・伊吹村[A2]・東浅井郡 東草野村[A3] ⇒ 坂田郡 伊吹村[A4] (新設)

◆1971年(昭和46年)2月1日(40年前)
坂田郡 伊吹村[A4] ⇒ 坂田郡 伊吹町[A5] (町制)


【旧山東町エリア】
◆1889年(明治22年)4月1日(122年前)
坂田郡 長久寺村・柏原村・清滝村・梓河内村・須川村・大野木村 ⇒ 坂田郡 柏原村[B1]
坂田郡 小田村・間田村・井之口村・村居田村・野一色村・烏脇村・坂口村・朝日村・下夫馬村・産所村・市場村・本市場村・天満村・池下村 ⇒ 坂田郡 大原村[B2]
坂田郡 西山村・長岡村・万願寺村・菅江村・北方村・志賀谷村・山室村・大鹿村・本郷村・堂谷村 ⇒ 坂田郡 東黒田村[B3]

◆1955年(昭和30年)7月10日(56年前)
坂田郡 柏原村[B1]・大原村[B2]・東黒田村[B3] ⇒ 坂田郡 山東町[B4] (新設/町制)


【旧米原町エリア】
◆1889年(明治22年)4月1日(122年前)
坂田郡 一色村・醒井村・枝折村・上丹生村・下丹生村・榑ヶ畑村 ⇒ 坂田郡 醒井村[C1]
坂田郡 牛打村・樋口村・三吉村・西坂村・番場村 ⇒ 坂田郡 南箕浦村[C2]
坂田郡 梅ヶ原村・米原村・下多良村・中多良村・上多良村・朝妻筑摩村・磯村 ⇒ 坂田郡 入江村[C3]

◆1891年(明治24年)4月1日(120年前)
坂田郡 南箕浦村[C2] ⇒ 坂田郡 息郷村[C4] (改称)

◆1923年(大正12年)11月15日(88年前)
坂田郡 入江村[C3] ⇒ 坂田郡 米原町[C5] (町制/改称)

◆1956年(昭和31年)9月1日(55年前)
坂田郡 醒井村[C1]・息郷村[C4]・米原町[C5] ⇒ 坂田郡 米原町[C6] (新設)


【旧近江町エリア】
◆1889年(明治22年)4月1日(122年前)
坂田郡 世継村・飯村・宇賀野村・長沢村・加田村・加田今村 ⇒ 坂田郡 法性寺村[D1]
坂田郡 岩脇村・西円寺村・箕浦村・新庄村・寺倉村・能登瀬村・多和田村・日光寺村・顔戸村・高溝村・舟崎村 ⇒ 坂田郡 息長村[D2]

◆1894年(明治27年)12月1日(117年前)
坂田郡 息長村[D2]の一部(旧顔戸村・旧高溝村・旧舟崎村) ⇒ 坂田郡 日撫村(D3) [分立]

◆1897年(明治30年)3月1日(114年前)
坂田郡 法性寺村[D1]の一部(旧加田村・旧加田今村) ⇒ 坂田郡 神田村 (分立) → 長浜市へ

◆1942年(昭和17年)4月1日(69年前)
坂田郡 法性寺村[D1]・日撫村[D3] ⇒ 坂田郡 坂田村[D4] (新設)

◆1955年(昭和30年)4月1日(56年前)
坂田郡 坂田村[D4]・息長村[D2] ⇒ 坂田郡 近江町[D5] (新設/町制)



【旧伊吹町・山東町・米原町エリア】
◆2005年(平成17年)2月14日(6年前)
坂田郡 伊吹町[A5](約6千人)・山東町[B4](約13千人)・米原町[C6](約12千人) ⇒ 米原市[E1] (新設/市制)


【米原市・旧近江町エリア】
◆2005年(平成17年)10月1日(6年前)
米原市[E1]・坂田郡 近江町[D5](約10千人) ⇒ 米原市[E2] (編入)


こうやって眺めてみると、例えば同じ旧伊吹町エリアのなかでも、春照と上野、大久保と下板並は子供の頃ケンカする仲だったっていうのも、もとは違う村だったからなんだな、というのがわかったりする。

また町制のタイミングも、米原(市制まではマイハラと濁らないw)は1923年(大正12年/88年前)と一足早く、1955年(昭和30年/56年前)に近江町・山東町、1971年(昭和46年/40年前)に伊吹町、というのから何となく感じられるように、田舎度の違いが現れている気もする。山東だか長浜から見て伊吹の生徒がイナカモン扱いされるというのもここらへんから来てるんだろう。ドングリと言うかメクソナントカと言うのかはさておき。

昭和30年あたり(55年前)なら、今70歳の人でも15歳だから明確に意識に刻まれている頃の話だから、いまだに合併前後の話を覚えているのも当然だ。


明治22年の最初の合併の地名を見ると、いま街を走ってて通り過ぎる際に見られる集落名だったり交差点名だったりするので、ようやくこれで位置関係や地域のつながりというのも明確になってきた。いやはや、知らない土地に入る際は、こういうのも予め知っておくといろいろと便利な気がした。

あとは町史とかをもっと深いレベルで見れば、この上述の最初の村の名前に至るまでの、さらに古い歴史も読み解けるだろう。町史とか社史とかの編纂って窓際っぽい仕事の印象を持っていたけど、学生時代の研究活動のときもそうだったけど、みんなが当たり前のように思っていることでも、記憶と記録として残すようにしないと消え去ってしまうものなので、実は重要な役割を担っているんだなぁ、と今回も実感。


本当は地図で変遷を見られるのがわかりやすくていいんだろうけど、あまりに面倒すぎて、しかもブログに書く程度ではもったいなさすぎるので(夏休みの課題にちょうどよさそう)、とりあえず文字でまとめてみた。小学校の教科書(社会科ってもうないのか?生活科??)に載っているのかな?
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